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東京地方裁判所 平成5年(ワ)9495号 判決

主文

一  被告らは、原告ら各自に対し、各自別紙債権目録記載の金員及びこれに対する被告株式会社ジェントリーヒルズゴルフクラブ及び被告高山富好については平成五年六月一七日から、被告高山吉弘については平成五年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

一1  請求原因第1項、第2項(同項(二)(3)を除く)は当事者間に争いがない。

2  《証拠略》によれば、原告瀬川は、平成三年五月二日ころ、被告会社との間に本件契約を締結し、同月二四日ころ、入会金及び消費税として金一五四万五〇〇〇円を支払ったこと、そして、本件契約に基づく会員資格保証金三三〇万円については、山吉商事との間においてローン契約を締結し、これに基づく割賦金として、合計金六四万八〇〇〇円を山吉商事の割賦金収納代行業務を受託していた東京総合信用株式会社に対し支払ったことが認められる。

3  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

これに対し、被告会社は、被告会社が原告らに対し被告会社所有のゴルフ場の利用サービスを提供することができなかったのは、本件新規募集に際して設定した本件ゴルフ場の再開計画と実際の資金確保との間に齟齬を来し、その結果資金不足に陥ったため、本件ゴルフ場の再開が計画どおりに実現できなかったためであると主張する。

しかし、仮に会員募集がいわゆるバブル経済の崩壊といった景気の変動によって被告会社の計画どおりにいかなかったという事情があるとしても、景気の変動は経済人であれば何人といえどもその責任において解決すべき事項であって、景気の変動を理由として債務の履行を免れることは許されず、景気の変動のみを理由として、被告会社の本件ゴルフ施設の利用サービス提供義務の履行不能がその責に帰すべき事由に基づかないものと認めることはできないので、被告会社の右抗弁は主張自体失当である。

4  よって、被告会社は原告らに対し、本件ゴルフ施設の利用不能による債務不履行により原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

5  原告らが、入会金及び会員資格保証金もしくはその分割金として請求原因第2項の金員を各自、被告会社もしくは山吉商事に対し支払った事実及び請求原因第3項の事実を総合すれば、原告らは右金員を支払ったと認められるものの、原告らは右金員支払の対価としての本件ゴルフ施設における本件ゴルフ場サービスの提供を受けることができないことを認めることができ、したがって原告らには別紙債権目録記載の損害が生じたものと認めることができる。

二  請求原因第4項、抗弁について判断する。

1  当事者間に争いのない事実に加え、《証拠略》によれば、左の事実が認められる。

(一)  被告会社は、昭和六三年度決算では、同年度当期利益が金三八〇四万八九〇三円、同年度までの損失累計金額(当期未処分利益・損失)は金一億三五四二万三四一七円であり、平成元年度決算では、同年度の利益はなく、同年度単年度だけで金九七九一万三四二四円の損失を生じており、この結果、同年度までの損失累計金額は金二億三三三三万六八四一円となり、平成二年度決算では、同年度単年度の損失が金一五四〇万六四一三円であって、同年度までの損失累計金額は金二億四八七四万三二五四円であったもので、昭和六三年度から平成二年度までの間、毎年約金五億円の割合で負債が増加しており、特に固定負債については昭和六三年度から平成二年度までの間に約金一二億円も増加した。

(二)  平成元年から、被告会社は、本件ゴルフ場をクラブハウスの老朽化等の理由から閉鎖していたが、平成二年ころ、被告会社の当時の代表取締役であった高市捷三(以下「高市」という。)を中心に右クラブハウスの建て直し等によって本件ゴルフ場営業を再開する計画が策定されていたところ、平成二年一〇月二日、被告富好は被告会社の代表取締役に、被告吉弘は被告会社の取締役に就任したが、被告富好、被告吉弘は、ゴルフ場経営の経験がほとんどなく、両名の代表取締役もしくは取締役の就任に当たって、被告会社は会員権の販売会社としての子会社を設立し、高市をして同社の代表取締役に就任させて、会員権販売に関して一切を委ねることとした。

そして、被告富好及び吉弘は、被告会社の代表取締役もしくは取締役就任当時、既に高市らが作成して実施される予定であった前記の本件新規募集計画について、ゴルフ会員権の価格の動向、ゴルフ会員権の売却数の動向等の市場調査等の調査・検討を行わなかった。

被告吉弘らは、本件新規募集に当たって、後記認定の株式会社アイチ及び株式会社スミセイリースに対する総額約金三〇数億円に上る負債の肩代わり及び本件新規募集に関してのローン業務について金融機関と折衝していたがいずれも失敗した。

(三)  高市らが作成していた前記の本件ゴルフ場再開計画では、本件新規募集によって、第一次募集においては、特別縁故会員の正会員を三五〇名、平日会員を四五〇名集める予定であり、第二次募集までには新規会員を正会員として合計二〇〇〇名、入会金及び預託金合計金五〇億円を集める予定であって、他方支出面では、クラブハウス及びコースの改修関係で、グリーン改造等に金二億五〇〇〇万円、クラブハウスの改修に金一億三〇〇〇万円等合計金二〇億円の支出を予定していた。

このころ、被告会社の負債は金融機関関係では、株式会社スミセイリースに対し約金一五億五〇〇〇万円、株式会社アイチに対して約金二二億円、その他の者の関係で、約金五、六億円の合計金四二ないし四三億円に上っており、右債務のうち株式会社アイチ及び株式会社スミセイリースに対する債務について被告会社が本件ゴルフ施設の敷地に対して根抵当権及び抵当権を設定していた他、少なくとも株式会社アイチに対する負債については一、二年以内の間に弁済しなければならない状況であった。

(四)  更に、被告会社は本件新規募集前の募集に応じて被告会社との間に本件ゴルフ場利用契約を締結していたいわゆる旧会員をも抱えていたが旧会員が会費を右契約どおりに適正に納めず、この旧会員を整理することも再開のための課題とされていたところ、この旧会員の整理には、金一五億円程度の資金が必要と予想されていた。

(五)  本件新規募集の結果、被告らは、特別縁故会員については定数どおりの募集に成功したが、入会金等及び会員資格保証金の高額な平日会員については、第一次、第二次募集を通じて会員が集まらず、特別縁故募集を追加して行い、ようやく、特別縁故者募集の正会員を、第一次募集による特別縁故募集による会員と合計して五九七名、特別縁故募集の平日会員として合計一九三名の会員を集めることができた。

(六)  本件新規募集による会員権販売収入については、平成二年度においては、入会金及び預託金合計で金一二億一五三四万五八〇〇円の収入が、平成三年度においては、詳細な記載のある決算報告書等の決算書類は作成されていないものの、金一一億二〇七〇万九二〇〇円の収入があったが、これらの会員権販売収入は、平成二年度には、借入金返済費用として合計金五億四八六〇万円、販売手数料として合計金三億七五六七万円、従業員給与として合計金九八一七万円、事務所ゴルフ場経費として合計金七一四三万円、仮払金合計金三〇六九万円、金利等その他経費としての金一一三二万円等として支出され、平成三年度には、借入金返済費用として合計金三億三二三五万六一〇〇円、販売手数料として合計金六億一五八四万円、従業員給与として合計金五三九一万円、事務所ゴルフ場経費として合計金七八九二万円、資産購入及びゴルフハウス改修工事費用合計金九八六三万円等として支出された。

本件ゴルフ場改修費用の内訳は、クラブハウス破壊費用、温泉掘削費用、新しいクラブハウス建設に伴う許可申請業務という内容であったが、結局温泉掘削ないし右許可申請は成果を得るところまで至らなかった。

(七)  前記のように、旧会員の整理を計画していたものの、本件新規募集に対する応募状況は前記のような低調な状況に終わったので、そのままの収入では本件ゴルフ場再開に必要な資金を用意することができない状況に至ったので、旧会員の協力なくして本件ゴルフ場の再開は困難な情勢となり、被告会社は、旧会員及び新規会員に対して更なる出捐を伴う協力を要請したものの、新旧会員の大方の賛同を得るところとはならず、再建計画は失敗し、請求原因第3項の状況に至った。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断略》

2  以上の事実によれば、被告富好は被告会社の代表取締役として、被告吉弘は被告会社の取締役として、本件ゴルフ場の再開のための本件新規募集のように大規模で専門的知識と多額の資金を要し、しかも多数の者の利害に関わる事業に着手し、これを推進しようとするときは、その被告会社との間の業務上の義務として、その成否につき、事前に十分な調査研究を遂げた上、建設運営資金の調達につき客観的で合理的な裏付けをもった計画を確立してことに当たるべき義務を負担するというべきであるのに、被告富好、被告吉弘らは、前代表取締役である高市らの右計画に関する説明を鵜呑みにし、平成二年一月ころから株式市況が低迷傾向に入った他、その後には銀行融資には貸出規制が行われる状況にあった当時において、新規募集によりどの程度の新規会員及び会員権販売収入を確保しうるかにつき、本件ゴルフ場再開計画の安全性・確実性・実現性を確認するとの観点からの別段の調査研究をしないまま、右の高市らの説明どおり、二〇〇〇人の新規会員及び金五〇億円の新規募集会員権販売収入が得られ、うち金二〇億円を本件ゴルフ場改修費用に、約金一五億円を旧会員の整理解約費用に支出し、残余の一部を負債の返済等に充てることにより本件ゴルフ場を再建するという内容の計画に実現性があるものと信じ、金融機関からの資金協力を得る見込も存在しないまま、この会員権販売収入のみを再建の資金源にして、本件ゴルフ場再建を意図したものであるところ、右の計画においては、約金二〇億円の本件ゴルフ場改修費用が計上されていた他、計画実施時においては、株式会社アイチ及び株式会社スミセイリース等の金融機関に対し、合計金約三〇数億円に上る負債を抱えており、うち株式会社アイチに対しては一、二年のうちに、約金二〇数億円の返済をする必要があったことから、新規の会員権販売収入からはこれらの返済をも考慮しなければならない状況にあり、更に旧会員の整理には約金一五億円の支出が見込まれており、実際には約金一〇億円に上る販売手数料の支出を余儀なくされているところから、本件新規募集がその当初の計画どおり約金五〇億円の会員権販売収入を挙げえたとしても、支出額が会員権販売収入を総額においては約金一〇億円以上上回ることになり、その計画どおりの本件ゴルフ場再開に至ることができたかについては疑問があり、また本件新規募集実施の結果、特別縁故募集の正会員を五九七名、同じく特別縁故募集の平日会員を一九七名集め、会員権販売収入として約金二三億円相当の収入を得たものの、右収入は計画していた会員権販売収入の約半分に過ぎず、しかも実際の会員権販売収入の大部分が被告会社の前記負債の一部の返済及び会員権販売手数料として支出された上、ほとんど負債の元本を減少させるには至らず、本件ゴルフ場改修には金一億円足らずの支出しか為しえないことになって本件ゴルフ場の再開が行き詰まったこと、そこで旧会員の整理という当初の案を放棄して旧会員及び新会員に対し更なる出捐を要請したものの、新旧会員の大方の協力を得るところとはならず、本件ゴルフ場の競売、事実上の再建の断念に至ったという経緯、高市らがいかなる調査・検討の結果本件新規募集に実現性があるものと判断して計画立案を行ったかについての証拠の存しないこと、前記認定のとおり被告富好及び被告吉弘らが本件新規募集について高市らの調査・検討を全面的に信用して自ら調査・検討することをほとんど怠っていたこと、実際には本件ゴルフ施設の改修等よりも負債の返済又は販売会社への販売手数料に優先的に支払われていることから、バブル経済の崩壊の予測の困難性等被告らに有利な事情を勘案しても、本件ゴルフ場の再開を目的とする本件新規募集に当たっては本件ゴルフ施設改修のために支出できる資金の確保に対しての見通しを立てるべきであるにもかかわらず、本件ゴルフ場再開に向けての充分な見通しのないまま新規に会員を募集し、原告らから右のとおり入会金、会員資格保証金等の支払を受けながら、本件ゴルフ施設の利用を不能とさせたのは、被告富好、被告吉弘においては、被告会社の代表取締役もしくは取締役としての職務上の義務の懈怠につき重大な過失があったものと認めるのが相当である。

3  したがって、被告富好及び被告吉弘は原告らに対し、商法二六六条ノ三に基づき原告らが被った別紙債権目録記載の損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。

三  以上の次第で、原告らの請求は全て理由があるのでこれを認容し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行宣言については同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 金子順一 裁判官 吉井隆平)

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